小松菜事件

肺がんの終末期を迎えた父が、入院先で「ご飯が食べられない」という。家族の分まで料理をしてきた父は食べることも大好き。そんな父がご飯を食べられないというのは、もう本当に辛いということだろう。実際、20㎏も痩せてしまい、肩は尖るほどで、あばらも見えるほどだ。
なんとか少しでも食べてもらいたくて、得意でもない料理のレパートリーの中から、小松菜とシラス、おかかでつくったふりかけのような、白ごはんがすすむおかずを作って、病院に届けた。
私の手料理(料理というほどのものでもないけれど)を父が口にするのなんて、10年以上ぶりだ。
病院のベッドを除くと、父は眠っているのか、朦朧としているようだった。声をかけると、うっすらと目を開けて、もごもごとつぶやいた。
「用意してあったご飯食べたかな・・・?」
私は、
「???大丈夫?」
と私が聞くと
「・・・みんなのご飯用意して並べたんだけど、夢だったか・・・」
父は、長年、認知症の母とシングルマザーの妹、その息子である孫のためにご飯を作り続けてきた。
自分の食事もまともに摂れない状態で、朦朧としながらも家族の食事を気にかけている。そのことが胸に迫り、なんだかせつなくなった。


目を覚ました父に、何を持ってきたのかと聞かれたので、小松菜のふりかけを持ってきたと伝えると
「小松菜はいつも捨てているんだよ」
と不機嫌そう。
「え?いつも捨てている、ってどういうこと? 嫌いなの?」
と聞くと、
「うん。病院で毎食出るけど、美味しくないから、いつも捨てている」
とのこと。捨てているって・・・残しているということなのだろうけれど、随分な言いぐさだ。
「・・・嫌いなら、捨ててもいいけれど、一度食べてみてね」
期待外れなおかずに、父はがっかりしたのだろうが、せっかくの想いを受け取ってもらえなかったような気がして、私も少し悲しいような腹立たしいような気持になった。とはいえ、相手はご飯も食べられないような病人。仕方ないとあきらめて、小松菜のふりかけを冷蔵庫に入れて帰った。

翌日、父の体調を確かめるために電話してみると、「ご飯が食べられるようになった」という。
「小松菜のふりかけ食べた?」
と聞くと、なんと、6割も食べてしまったという。
「え?じゃぁまた作ってもっていくね!」
と喜んだのも束の間、
「同じのはしばらくいいから」
(・・・・・・他の物を作って持ってこいということか?)

「ありがとう」をなかなか言えない父にしては、たぶん、きっと、最大の誉め言葉なのだろう。
さて、次は何を持っていこうか――。

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