Topsのチョコレートケーキとコーヒーと
父が緩和ケア病棟に入院して1か月が経過した頃、再び担当医の説明があった。入院時の説明は、私一人で聴いて受け止めたが、今回は、妹にも一緒に聴いてもらった。その前から、度々キレられていたので、その悲しみを共有することもできなかったのが残念だが、妹は父の病状について、以前よりは少し理解をしたようだった。
父の余命は今月いっぱいくらいだと言われた。もっても来月。7月は迎えられないという。前回とほぼ同じ見立てだったので、私はただ聴きながら、この1か月間、大したこともできなかったなぁと思ってしまった。もちろん、仕事をしながらも、体調を崩しながらも、週に2回は会いにきていたし、食べたいもののリクエストに応えたり、理不尽な怒りを受け止めたり、くらいはしたが。
1か月が過ぎ、どんどん痩せていく父、近頃は理不尽な怒りを私にぶつける元気もなさそうだ。
子どもの見舞いが禁止されていて、外出ができないと孫に会えないのだが、体力も減っている中での外出許可はとても出せないといわれた。そんな父に向けて、代案として、週末にファミリールームを借りて過ごす許可が出た。ほんの一時間半ほどの時間だが、父と母と妹と甥っ子と私で、ランチタイムを過ごすことになった。
父のリクエストで、ステーキ弁当とお寿司を妹が購入してくるというので、私はケーキを買っていくことにした。どんなケーキがいいのか問うと、「なんでもいい」という。
いつもそうだ。好き嫌いはあまりないし、スイーツ類は大抵どんなものでも好きだし、食に対する興味があるので、色々なものを食べたいという質だ。
会社員だった父は、長いこと赤坂で働いていた。40年くらい前、自宅のあった茅ヶ崎にはあまりないものが赤坂にはあった。Topsがたぶんそうだった。不二家のチョコレートケーキ(それも好きなのだが)しか知らなかった私には、チョコレートクリームがたっぷりで、その中にナッツが入ったTOPSのケーキは、当時とても新鮮だったのを覚えている。このケーキを知ったのは、父が買ってきてくれたからで、私にとっては、それ以来、お気に入りのケーキの一つになった。
もしかしたら、みんなで食べる食事の最後になるかもしれない今日、私はデザートにトップスのチョコレートケーキを選んだ。この何十年間、みんなでケーキを食べるときには、父の淹れたコーヒーを飲んできたし、実家ではコーヒーを淹れるのは父の仕事だった。だが、この病院に入る少し前から、それは私の仕事になってしまっている。父の淹れたコーヒーを飲むことは、もうないのだろうと思う。
最近、お見舞いに行った時には、コーヒーを淹れて父と一緒に飲むことにしている。自分では給湯室までも行けないし、看護士さんに頼むのも気兼ねして嫌だというので、私がお見舞いに行った時だけの時間だ。あと何杯、父とコーヒーを飲めるのだろう。